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改めてゆとり教育を問う / http://m.newsweekjapan.jp/reizei/2012/04/post-425.php

インタビューの中で寺脇氏は、「ゆとり教育に、私は信念をもっている。その理念の中心は、知識を詰め込む従来の教育を転換し、自ら問題発見をして解決策を探し出し、自ら主題を設定して学べる人間を育てること」だと述べています。

また、2008年の同様のインタビュー(ダイヤモンド・オンライン)では「1970年代までの経済成長期には、製造業を中心とした企業が、均一な質の労働者を必要とした。命じられたままに仕事をこなす労働者を育成するには、詰め込み式で「読み、書き、計算」がきちんとできる人材教育でよかった。しかし、今は違う。
第三次産業で必要なのは、「自分の頭で考え、付加価値を創造する力」を持った人材だ。そうした人材は、詰め込み式の教育では育たない。」という言い方をしています。

(1)付加価値を創造する能力とは何かの定義が曖昧でした。因果関係のストーリー把握、情報収集の質・量・効率、仮説と検証による精度の詰め、抽象概念と具体的な事象との連動・・・そうしたスキルのブレイクダウンを全くせず、したがって教え方のメッソドもないまま実行に移したというのは、息継ぎを教えずに子供をプールに放り込むようなものです。

(2)付加価値創造のスキルを教えるためには「詰め込み教育を止めろ」というのが暴論でした。命令に基づく単純な作業の反復と比較して、自ら付加価値を創造するためには、より広範な情報、より高度な基礎スキルが必要なのは明白だからです。

(3)付加価値創造のスキル教育というのは、基礎スキルの完成を待つというだけでなく、世界との対決や和解という概念を経験した思春期以降に加速させるべきなのです。ところが実際は逆でした。思春期以降は旧態依然とした受験勉強に若者を押し込め、思春期前の「コドモ」に「おままごと」としての「総合学習」を与えていたわけです。

問題は、「ゆとり教育」が破綻したからといって、旧態依然とした「記憶と訓練」メソッドに戻して、内容を増やせばいいという「逆改革」の方向性がこれでいいのかということなのです。

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  1. planetbookosの投稿です
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